【LGBTQIA】ぼくは性的マイノリティ

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タイトルにあるように。

 

 

ぼくは性的マイノリティLGBTQIA。

その中でもアセクシュアルというセクシュアリティです。

 

この文章書いたのが、実は去年の夏です。

そこから踏み切れずに、ずっと下書きのままでした。

 

今まで自分がLGBTQIAであることはほとんど公表していません。

知られたら社会的に終わるかもしれない、周りから後ろ指を指させるかもしれない。

そんな漠然とした不安があったからです。

でも先日昔っからの親友がぼくにLGBTQIAであることを告白し、それが今回公表する一つの後押しになりました。

 

いつか話そう、今なら話せるかも、やっぱり今度にしよう。

迷いの繰り返しだったけど、それもついに今日で終わりです。

 

 

みなさんは、アセクシュアル(Asexual)という言葉を聞いたことはありますか?

 

今や「LGBT」という言葉を知っている人はとても多くなりました。

しかしアセクシュアルはどうでしょうか。

 

今回はぼくの話も含め、きっとみなさんの周りにもいるであろう性的マイノリティについて、理解を深めてもらえるように自分自身のことをしっかり話すように頑張ります。

 

アセクシュアルって?

 

一言でいうと、

他人に対して恋愛感情や性的欲求を抱かないセクシュアリティ

のことを指します。

 

これだけ聞くと「人の心に欠ける冷たい人」だと思う人もいるかもしれません。

しかしそうではないんです。

 

これは人にもよりますが、アセクシュアルであっても他人のことは好きになるし、当たり前に愛情を持ちます

ただしその愛情には恋愛感情や性的欲求がありません

でもそれだけです。

 

ぼくもそれに当てはまります。

 

これから話すぼくの話は、一人のアセクシュアル男子の話だと思って読んでくれると嬉しいです。

ゲイと言われた中学時代

 

性自認をし始めるのは中学時代。

このころのクラスメイトの男子たちは下ネタが大好きで、しょっちゅうその話題で盛り上がっていました。

男子中学生だし、それはある意味当たり前の日常風景なのかもしれない。

 

でもそんな男子たちの下ネタトークの輪に入れないヤツが一人いました。

 

それがぼくです。

 

当時から全く下ネタに興味がなかったぼくは、男子たちが下ネタで盛り上がっていても、いつも「ああ」と生返事をするだけ。

 

だから中2になると次第に「あいつはゲイなんじゃないか」というウワサが流れ始めました。

そうなったのはぼくが 女子に性的な興味を持っていなかった、そして恋愛青春ドラマや映画に共感することができなかった からに違いありません。

 

「ゲイ説」が広がるうちに、ぼく自身もしかして本当にゲイなのかも?と思いもしました。

 本当に女子に興味がないのか、実は男子に興味があるのか 

 

周りにはやされるにつれて、自分がどっちに興味があるのか分かりたかった。

だから確かめるために色々しました。

それこそゲイの人たち向けのAVを見てみたり。

でも全く興味がわきませんでした。

 

 

結局男子にも女子にも、何一つ性的に魅かれることがなかったのです。

でも周りのクラスメイトからすれば、それは考えられないこと。

 

そしてついには最初ウワサだけ一人歩きしていたのが、ある日

なあ、お前ってゲイなの?
クラスメイト
クラスメイト

 

と、直接聞かれました。

 

かりーむ
かりーむ
ちげえよ笑

笑ってそう言いたかったけど、言えませんでした。

その時のことは今でも鮮明に覚えています。

 女子に興味ないなら、男子に興味があるはず。それなのに男子にも魅かれない 

 

絶対に人間は男女のどちらかに性的魅力を覚えるものだと信じて疑っていなかったぼくは、

自分のセクシュアリティに対して肯定も否定もできない

 

今思えば、まだ 性に目覚めたばかりの中学生に、他人のセクシュアリティを理解できるかっていったら、それは難しかった と思います。

自分自身のことを完全に理解できていないのに、それを周りがどうやって理解できるというのか。

 

言動が女々しかったわけではなかったので、セクシュアリティが原因でいじめられることはなかったけど、「女子に性的欲求を抱けない自分」が不安で嫌でもありました。

 

そして「ゲイ説」を肯定も否定もできないまま、中学校を卒業しました。

 

高校・大学時代は彼女がいた一方で

ぼくには過去に付き合っていた女性がいます。

 

お互いにとにかく仲が良く、笑いのツボが同じでお互い自由人で放任的、まさに理想のカップル。

しかしぼくの彼女に対するそれは 決して恋愛感情と呼べるものではなく、完全なる友情というもの でした。

 

それなのにどうして付き合ったのか。

それは「本当に自分は誰かを好きになれるのか」答えも分からず、確かめたかったからかもしれません。

 

「好きだ、キスしたい、その先もしたい」

中学生や高校生にもなれば多くの人がそう思うであろうことが、自分の身にはまだ起きていない。

 

だから当時仲が良くて、ぼくも「間違いなく好き」であった彼女と付き合うことになりました。

その 「間違いなく好き」というその気持ちが恋愛感情であるのかどうか を知るために。

 

付き合い始めてからは二人の時間をたくさん共有しました。

それでもやはり「ただの仲良い男女にしか見えない」と自他共に認めざるを得ない、そんな感覚が常にぼくを支配していました。

 

付き合っているにも関わらず、一切の性的衝動に駆られることがない。

 

性的なことができないわけでも、嫌悪感を持っているわけでもありません。

ただどうしても性的欲求が生まれてきませんでした。

 

そしてそれと同時期に、 仲の良かった男子と一歩手前までいきかけたことがありました 

その男子は別の高校でありながら本当に仲が良く、お互い間違いなく「好き」でした。

しかしぼくはそこに性的欲求を覚えたことはありません。

 

そんなある日のこと、いつもみたいに彼の家に遊びに行った時、初めて迫られました。

拒否する自分がいた一方で、もしこれを受け入れることができたなら、自分は男子に興味がある事になる。

誰かを恋愛対象として、性的にも愛することができる。

男同士がいやだという気持ちよりも、自分がどっちなのか知りたいという気持ちの方が勝っていました。

でもやっぱり受け入れることはできませんでした。

 

男子も女子も好きになることができない

そんな結果、まるで選択肢になくショックでした。

 

そんな出来事もあり、これをひた隠しにするのも辛く、このままでは彼女も傷つけてしまう。

そう思ったぼくは付き合って一年経ったころに明かしました。

「〇〇のことは好きだけど、そこに恋愛感情はなかったのかもしれない。どうしても分からない」

別れ話も同然の内容です。

しかし返ってきた返事は予想外のものでした。

大丈夫、分かっていたよ

 

実はほとんど見抜かれていたらしいです。

それでもこの時にお互い「人として尊敬できて好きという気持ちに間違いはない」ことを再確認する機会になりました。

 

この時を機に、無理に自分を取り繕うことはせず、自分の気持ちを自分らしく素直に表現していこうと決めました。

性的魅力に魅かれることはなくても、人としての魅力に惹かれている。

それも立派な「愛情」なんだと、彼女は教えてくれました

 

セクシュアリティと向き合うこと

ぼくは自分がアセクシュアルであることに全く負い目を感じていません。

今では堂々と自分のセクシュアリティを言えます

 

だってアセクシュアルであることで、何か不自由があるかと言ったら全くないから。

今までも、そしてこれからもです。

そしてアセクシュアルであることは何一つ悪いことではない

 

 

「なんで今まで自分はそんなことに悩んできたんだろう」

どうでもよく思えるくらい、自分に自信を持ち、自分が好きになりました。

 

アセクシュアルでも人を好きになって大切にすることはできる。

 

そんな当たり前のことを大学生になった今、ぼくはようやく心の底から自認することができました

 

 「自分のマイノリティな部分を隠さなければならない時代」はなくなりつつあります。 

LGBTQIAの人だけでなく、誰にでも当てはまることですが、一人一人が自分らしく自信を持って生きていけることの大切さを、今一度ぼく自身再確認しました。

 

 

ぼくはアセクシュアルだけど、そんなことを気にもとめず、ぼくを支えてくれた人たちが、いつも遊んでくれる仲間たちが、応援してくれている人たちが大好きです。

 

 

もうここまで言ったら、怖いものはない!

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かりーむ

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気づいたら中東にいて、アラビア語をしゃべるWebデザイナーになってた現役大学生。インドア×コミュ障×潔癖一歩手前の旅オタク。

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